ガーゼ

大人になっても少女で痛いの

「笑ってください。」と悲しそうに呟いた。

特殊な記憶だった。それが恋愛であったのか違うものであったのかわからない。発作に苦しむわたしに、あの子は一心に祝詞を唱えていた。呪いを掛けられた。

神道の彼と出会ったのはやはりインターネットで、当時わたしが作っていたホームページ上の掲示板だったと思う。やりとりがあって、後に初詣でもどうかとわたしの方から強引に誘い出した。正月の靖国神社は昭和のエログロナンセンス的な空気感が漂って興味深い。なんといえばいいのか、丸尾末広的であるのか。お詣りをしたときに彼は「なんて罰当たりな。ちゃんとお詣りをしなきゃあ駄目ですよ君。」と、わたしの適当な詣り方を叱った。初対面だったけれど、わたしもそれに突っ掛からずに「あっ、あっ、ご免なさい。」と教えてもらった通りにやった。

彼は活字中毒のアル中だったから、ほとんどビールとほんのすこしだけのアテだけつまんで頼む料理をわたしに食え食えと言った。わたしも当時はやせっぽちだったもんであまり量が食べられなかったのだけれども。

彼が一番に気にしていたのがわたしの病気のことであった。

発作の時間、彼は祝詞を唱えていた。信じられないけれども。バカじゃないかと思ったけれども。

「笑ってください。

悲しそうに彼は呟いた。

はーはーと荒い呼吸の中で、わたしはけっこう嬉しかった。彼なりだけども真剣に病気に向き合ってくれていると。

 

わたしたちは会わなくなったけれども彼の「貴女の才能が好きですよ。」という言葉を覚えている。

 

 

壊れたものはもう要らない

壊れたものはもう要らない。どこか遠くに棄ててしまおう。重たい身体を持ち上げる力は無くなってきてしまったよ。ほんとうにもうただ眠りたいんだ。指先は浮腫んで、関節も曲がらなくなった。利き手が使えない画家だなんて。身体が動かない舞踏家だなんて。

あなたが、寂しそうと勘違いをして。わたしはまた神経を切り落としながら歩いてゆく。

向こう側に。歩いてゆくんだ。

黒髪

今度会えるときがあったらカミソリを忘れないで

色素の濃い瞳孔を覚えている。点滴の痣を沢山作ったときにあなたの腕を思い出した。わたしはとても嬉しくなりたかった。16の夏に帰る場所を探して果てしない道路に寝そべった。コンクリートと鉄の錆びるにおい。自己不全の真夜中にくるまって寒い寒いと呟いて。あなたの動かない瞳孔と弛緩した口元を見つめながらわたしは幸せだと感じた。赤いのを吐き出しながらわたしは幸せだと感じた。わたしの右目もなにも見ていない。あなたの長い黒髪がわたしを縛って離さなかった。青白い顔色に安心を求め続けた。重荷だったでしょうに。ご免なさい。たくさんのアンプルを割ってあなたの悲しむ顔が見たかったんです。絶望してわたしを蔑む顔を。2年前に遠くに行ってしまったって聞きました。今度会えるときが来たらカミソリを忘れないで。

ガーゼ

自己の内面をみている

自分がどうゆうものかわたしは知らないから知りたい欲求か。わたしは生まれてからずっと共感を避けている。空気感に過敏なせいで音に過敏過ぎるせいで一人きりでしか生きていけない。ホルモンだとかそんなことで内側が知れるのなら楽な事ですね。全てに影響されて体調が変化してしまう。一人きりで居なければ。そう思っては失踪と放浪を繰り返す。帰るところなどどこにも無かったのだ。十代の頃は疾走していた。太く短く生きなければと速さばかりを求めて死に急いで。温度など感じなくなってしまった。感覚はもうない。加速の先に身体は凍り付いている。

あなたを赦すわたしがいることで全てが減速していく。わたしはわたしを赦せずに真昼の病院でわたしを棄てた。

一心に柩を運ぶ。閃光がさす屋上。

そこには網目がめぐらされ。

網目の先に幾つもの棟が見えている。